マリヴォー『奴隷の島』一幕の喜劇  解説と翻訳台本

マリヴォーは18世紀フランスの喜劇作家です。小説家でもあります。 1688年に生まれていますから、正確には、17世紀に生まれ、12歳のときに新 世紀をむかえた人、という計算になりますが、まあ、18世紀前半の作家と考えれば、 とりあえずは整理しやすいでしょうか・・・亡くなったのは1763年です。 

マリヴォーの『奴隷の島』は一幕ものの喜劇です。 アテネの青年貴族イフィクラテスとその奴隷(従僕)アルレッキーノは、船旅の途中 で嵐に遭遇し、ある島に漂着します。その島の名は「奴隷の島」。かつてアテネの奴 隷だった者たちが反乱を起こし、アテネを逃れてたどり着いたのがこの島。彼らはこ こに新しい国をつくったのですが、この国のルールがちょっと変わっている。島に主 人と奴隷のカップルが漂着したら、有無を言わせずその身分を取り替える、というの です。あっという間に、アルレッキーノはイフィクラテスの主人となり、イフィクラ テスはアルレッキーノの奴隷にされてしまいます。 さて、これだけではありません。ここにもうひと組、女性のカップルが加わります。 やはりアテネの貴族ユーフロジーナとその女奴隷(小間使い)クレアンティス。彼女 たちも嵐に遭ってこの島に漂着したのでしたが、もちろん二人の身分は入れ替えられ て・・・ 奇妙なシチュエーションの中に突然放り込まれ、今までの自分とは違う「役」を演じ なければならなくなった四人の登場人物たち、はたして、その運命は・・・ 

『奴隷の島』というタイトルからすると、なにか重いテーマのように思われそうです が、喜劇です。翻訳や演出や演技や、そういうものがすべてうまくいけば、観客には げらげら笑ってもらえるはず。げらげら笑って、最後にちょっと胸が熱くなる・・・ 全体は11のシーンで構成され、登場人物は5人。ほかに、台詞のないエキストラが 5、6人でてきます。初演は1725年。マリヴォーの中でもとくにヒットした芝居 のひとつです。 

舞台設定が古代ギリシャということになっていて、登場人物にアテネの貴族やその奴 隷が出てきます。けれども、設定のリアリティとか、時代考証とか、そういうものは この芝居にはぜんぜん関係がありません。「奴隷」というのは本当の奴隷ではなく、 18世紀フランスの召使いを「奴隷」に見立て、また召使いをまるで「奴隷のように」 あつかう主人側をアテネ貴族に見立てて、そういう「見立て」の中で、当時の人々を 皮肉っぽく、また滑稽に描き出す・・・「奴隷の島」は喜劇を組み立てるための「仕 掛け」というわけです。 

島を舞台とした芝居というと、すぐにシェークスピアの『テンペスト』が思い浮かび ますが、マリヴォーの島もプロスペローの島と無関係ではないようです。もともとは、 哲学的な、というのか社会哲学的な、社会科学的な、人間科学的な・・・まあ、とに かくそういう思索の実験室のようなものとして、ヴァーチャルな世界にひとつの島を つくってみるというところから、こういう「島もの」が始まったらしい。島をつくっ て、そこに実験的に人間を住まわせてみる。島の外の、つまり現実の、体制とか秩序 とか、いまあるすべてをリセットして考えなおす。人間が生きていくためにはなにが 必要なのか、人間の社会はどういうふうにできているのか、法律や制度や、それから インフラとか、そういうものをどういうふうにつくっていけばいいのか、都市を、国 を、どういうふうにつくっていくのが理想なのか・・・ それで、こういう「島もの」がマリヴォーの時代にも大変流行していて、マリヴォー も島を舞台にした芝居を書いた・・・マリヴォーの「島」は、「思索の実験室」とい うよりもむしろ、笑いを生み出す「装置」という性格が強いのですけれど、それでも、 人間とか社会とかモラルとか理念とか、そういう思想的哲学的テーマが、劇構成とい うか劇構造の中に組み込まれています。

 『奴隷の島』は恋愛劇ではないのですが、恋愛劇的視点から見れば、マリヴォーの恋愛劇のパロディになっていると言えるかもしれません。マリヴォー的恋愛劇の基本構 造パターンのようなものはそろっていています。ただ、マリヴォーの「島」がなによ りも「権力システム」として強く機能するので、男女関係は権力関係の方向へシフト して、恋愛のテーマはむしろハラスメント的に展開されることになります。不用意に あつかうとシリアスになりすぎるかもしれません。マリヴォー的世界の、その絶妙な 「軽み」を理解して、あくまでも「面白い喜劇」として演じ、また観てもらえるとう れしいです。

 『奴隷の島』は、マリヴォーが、当時パリで活躍していたイタリア人劇団のために書 いたもので、スタイルはイタリア演劇的な、コメディア・デ・ラルテ風の芝居でした。 いわゆる「台詞劇」ではないので、例えば、リーディング公演をする場合には多少の 難しさがあるかもしれませんが、台詞の持つ“身体性”を意識しながら演じれば、か なり面白いものが生み出せると思います。 翻訳台本には、翻訳や演出にかかわる多くの注がついていますが、とりあえずは、そ ういう注などは無視して読んでみてください。


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